仏教の守り神のひとつに鬼子母神がいます。
鬼子母神は安産·子育ての神として広く崇拝されている神です。

鬼子母神のルーツはヒンドゥー教の女神ハーリティにあります。
このサンスクリット語の「ハーリティ」を漢訳した名前が「訶梨帝母(かりていも)」。一般には、「鬼子母神」と呼ばれています。

中国の地浄(ぎじょう)が703年に漢訳した『根本説一切有部毘奈耶(こんぽんせついっさいうぶびなや)』には、訶梨帝母が登場しますが、意外なことにそこでは恐ろしい恨みを持つ女として描かれています。
鬼子母神の元ネタとなったインドの話とは?どんな神なのか?を解説していきます。
踊りすぎた末、流産した女性
その昔、インドの王舎城(おうじゃじょう)に独覚仏(どっかくぶつ)という僧が説法に来るというので、それを聞きに500人もの人が集まってきた。
彼らはその道中、すれ違った牛飼いの女性にも一緒に来るように誘った。喜んだ女性は、妊娠していたにも関わらず、感謝の印としてその場で踊りを披露した。
すると不運なことに、女性は激しい痛みに倒れ流産してしまった。打ちひしがれた彼女を介抱する者は誰もいなかった。

それから彼女は法会に500人分の牛乳を持っていき、独覚仏に赤ん坊を供養した。
しかし、心の中では『流産したこの恨みは忘れない。来世は必ず王舎城に生まれ変わり、ことごとく人の子供を食べてやる』と誓ったのだった。

これが鬼子母神の元ネタとなった話です。妊娠中に無理して踊って流産するというのは、自業自得といえばそれまでなのですが、誰も彼女をいたわらなかったというのは、あまりに残酷に思います。
この仕打ちに傷ついた彼女は、恐ろしい餓鬼に豹変し、凶行に及ぶのです。
子供をさらっては食べる鬼女
次の章では鬼女から母神になったお話です。
来世で訶梨帝母として生まれ変わった女性は、般闍迦(はんじゃか)という夜叉(鬼)と結婚し、夜叉女(鬼女)となりました。
そして1000人もの子供を産みます。それだけの子供がいると体力が必要となります。
子育ての滋養をつけるため毎晩王舎城をあちこち巡っては他人の子供をさらい、その肉を次々と食べていきます。
これが鬼子母神の正体です。
鬼子母神は子供の守り神などではなく、子供を襲うカニバリストだったのです。

訶梨帝母を恐れた人々はブッダに助けを求めます。
ブッダはどうしたかというと、なぜか彼女の一番可愛がっていた末の子の賓荼羅(びんだら)を奪って隠しました。
訶梨帝母は気も狂わんばかりに世界中を探し回ったが見つかりません。
しかしブッダのもとにいることを知ると急いで駆けつけます。

するとブッダはこう教え諭しました。
『おまえは1000人もの子供がいるのに、たった1人失っただけでこのように取り乱す。それなら、おまえが食べた子供の親がどれだけ嘆き悲しんだのか、その気持ちが分かるか?子供がかわいいことは、人間でも鬼神でも変わらないのである』

こうして訶梨帝母は、仏教に帰依し、慈愛の母神に変身し子供を食べることをやめました。
反対に安産・子育ての守り神となったのです。
ザクロは人肉の味?
鬼子母神には安産·子育てを守る他にもう一つの役割があります。
『法華経』「第7陀羅尼品(だらにぼん)」には、鬼子母神が10人の羅刹女(鬼神)とともに『法華経』を守ると誓うシーンがあります。
ここから鬼子母神は「法華経を守る神」とされ、とくに『法華経』を最高の経典とする日蓮宗の寺院で祀られ、崇拝されるようになったのです。
ところで鬼子母神の姿には、美しい天女型の他に恐ろしい姿をした鬼女型が存在します。天女型は天女の羽衣を身につけた美しい女性で、満ち足りた表情をしています。

右手にザクロ(吉祥果)を持ち、左手に子供を抱きかかえています。この子は末の子の賓荼羅(ひんだら)の場合が多く、さらにその周りで子供達が戯れてる様子が描かれています。
一方の鬼女型は眼光鋭く口が大きく牙が見え、鬼のような形相をしています。
それは『法華経』の信者の邪魔をする者を戒める姿を表しているからです。
美しい天女型についても、見方によっては恐ろしいものを感じてしまいます。
なせなら、右手にザクロを持っているからです。
ザクロは種が多いので、安産の象徴といわれますが、次のような説も存在します。

ブッダは訶梨帝母にザクロを与え、「他人の子供の変わりにその実を食べよ」と戒めたといいます。これは日本で作られた俗説のようですが、なぜザクロだったのか考えてみましょう。

たとえば施餓鬼では、ザクロの木の下に食事を置いてはいけないとされます。
理由は餓鬼が食べ物と一緒にザクロの実を食べてしまうから。
ザクロは人肉のような味なので、その味を知ってしまうと人間が襲われる恐れがある…(もちろんそんな事はありません)
鬼子母神は、決して人肉の味を忘れてはいません。安産·子育ての守り神でありながら、今の子供の肉を欲しているのかもしれません。

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