公開してから大分経ちましたが、やっと観ることが出来ました!
以前からYouTubeで戦争の史実を辿る動画をよく観ていました。
そのためペリリュー島の戦いの史実も知っていましたが、漫画の原作は知りませんでした。
『ペリリュー 楽園のゲルニカ』をCMで見た時、衝撃を受けました。
可愛らしい3頭身の絵柄。そして豪華な声優さんたち。
知っているはずの凄惨な歴史が、この表現でどう描かれるのか。
それを確かめたくて映画館へ足を運びました。
前回は鹿、うさぎや猫に癒やされる島の記事。
今回は歴史に刻まれた島の話です。

『ペリリュー島の戦い』の史実
ペリリュー島の戦いは、太平洋戦争中(1944年9月~11月)、パラオの小島ペリリュー島で起きた日米の激戦です。
日本軍は、海岸の平地を米軍に奪われた後、山岳地帯の要塞化された洞窟陣地に立てこもり、ゲリラ戦を展開しました。
2ヶ月半に及ぶ戦闘の末、日本軍の組織的抵抗はほぼ終わり、兵士の多くが洞窟で命を落としました。日本軍は約1万人中、生還はわずか34人(またはそれ以下)と言われます。
史実では戦後も洞窟に潜み、1947年(昭和22年)になってようやく投降した34人の生存者がいます。
(Wikipediaより引用↓)


戦いの背景と目的
米軍の目的: 日本本土への航空攻撃の拠点となるマリアナ諸島(サイパンなど)を確保した後、パラオ諸島を攻略し、日本本土への進撃ルートを確保するためでした。
日本軍の状況: 満州から送られた約1万人の日本兵が守備隊として配置され、本土決戦に備え、航空基地を守り、持久戦(時間稼ぎ)を行うよう命令されました。
このように「死」が前提であったことが伺えます。
彼ら兵士の命運はすでに決まっていたなんて考えるだけでゾッとします。
映画のレビュー
ここからは映画を観た筆者の感想を書いていきます。
(※一部ネタバレを含みます。ご了承ください)
まず展開がとても早いです。
冒頭に映し出される自然豊かな島が一瞬にして戦場と化すシーン。
CMで観た通りの場面です。
ビーチ沖から艦隊と米兵が一気に押し寄せ日本兵が迎え撃ちます。
そこで出る大勢の死傷者。国同士の戦争とは言え個人的恨みはないはずなのにここまで人が殺せるものなのか。
青かった海は兵士達の死体で赤く染まり、陸地は緑が消えあちらこちらに死体の描写が続く有様。
正に地獄絵図です。
絵柄が可愛いらしいのに対して妙にリアルな戦車や艦隊、戦闘機がとても生々しく感じました。
迎え撃つ日本兵の銃剣に対して米兵はマシンガンに火炎放射器。戦車に爆撃機と敵国(日本兵)に対して容赦ありません。
その後、場面は海岸から山岳部の要塞陣地へと変わります。
所々に緊張感漂う殺し合いのシーンはあるものの、冒頭ほどの壮絶で大規模な描写はありません。
後半は日本兵達が穏やかに過ごすシーンが映りますが、これがフラグなのでは?と思ってしまいました。なぜなら彼らのいる場所は戦場です。
いつ死ぬかも分からないからこそ、終始次は何が起きるのか息を飲みながらスクリーンを観ていました。
個人的には小杉三郎伍長の存在感が大きかったです。
いくら国のためとはいえ皆生きていたいと思うのが心情のはず。
戦場という極限状態にいながら生き残るため、時に死んだ兵士から物資を物色したり、田丸(主人公)と吉敷の2人を偵察がてら先に行かせる様子は「行きたいと思う普通の人間」であり憎めないキャラクターだと感じました。
そして後半、米兵に降伏しようとする田丸と吉敷を殺すつもりで止めようとする同胞達。
戦死する事が名誉なのかもしれません。
ただ生きたいと思うのがそんなに恥なのだとしたらそれはもはや洗脳だと感じてしまいます。
史実では生きて帰れた日本兵は34人と言われています。
無事帰国出来たものの、戦場の経験からPTSDを発症する者もいたでしょう。
ペリリュー島の住民達も避難先の本島から戻ってきた際、この惨状を目の当たりにした彼らが何を感じ思ったのかが気になるところです…
そして本編が終わりエンドロールが流れます。
上白石萌音さんが歌う『奇跡のようなこと』。
綺麗な歌声に歌詞とメロディーがとてもマッチしていて心が揺さぶられました。
映画本編を観終わった後でしたがペリリュー島の風景が映し出されると感情が込み上げてきてしまいました。
20代の未来ある若者達が異国の地で散っていく様子は涙なくしては見られません。

まとめ 史実だからこそ忘れてはいけないこと
戦争経験の世代がいなくなっていき、こうした史実を知る機会はどんどん減っていくように感じます。
私達が今平和に生きられているのも先人達の歴史の上に成り立っています。
映画を通して命の尊さを考えさせられる機会となりました。
生きた時代が違ったら彼らの人生も全く違ったことでしょう。

文字や資料映像で知っていたはずのペリリュー島。それがアニメとして動き出した時、ただの『歴史』が『個人の人生』として迫ってきたという感覚になります。
ペリリュー島に限らず戦場と化した地には今も戦争遺跡が残っています。
別の記事でもお伝えした大久野島(毒ガス島)もその一つです。
(別記事の動物島はこちらから↓)

史実を語り続けるのはもちろん、現地に赴き自身の五感で歴史を感じる事。
そして祖国の為に戦い、命を落とした兵士達を弔う事で彼らの魂が救われる事を祈ります。


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