
シトリン、神社でお参りするときに当たり前のように『パン!パン!』って手を叩くけど、あれってただの合図なのかな?お寺だと手を叩かないし、なんだか不思議だよね。

うーん、なんでだろうね?ただの合図のようにも思えるけど、実は手を叩く順番や鳴らし方、さらには音を鳴らさない場面にまで、昔の人の深いこだわりや意味が隠されているらしいよ!

えっ、音を鳴らさない場面もあるの!?どんな意味があるのか気になるな!
神社での一般的な参拝作法として知られているのが【二礼二拍手一礼】です。手のひらをパン、パンと打つ柏手は、多くの人にとって見慣れた作法ではないでしょうか。
しかし、何気なく行っているこの作法には、それぞれ意味が込められています。
なぜ二礼二拍手一礼なのか、なぜ柏手で音を鳴らすのか、そして神道の葬儀ではなぜ音を立てない”忍び手”が行われるのでしょうか?
今回は、柏手に込められた意味や歴史、場面による違いについて、分かりやすくご紹介します。

柏手と拍手の違い
柏手(かしわで)とは、両手を打ち合わせて音を鳴らす作法のことです。
柏手がよく見られるのは神社での参拝です。このほか、祈祷や地鎮祭、相撲の土俵入りや取組前などでも行われる姿を目にしいたことがある方も多いのではないでしょうか。

一見漢字が似ているため、拍手(はくしゅ)と混同しやすいですが、本来の意味は異なります。
- 拍手(はくしゅ)=手のひらを連続で打ち鳴らす。主に称賛時や喜びを表す
- 柏手(かしわで)=基本的に2回。神様への拝礼として行う作法
同じように手を打ち鳴らす動作であっても、向ける対象が神様なのか目の前の人や出来事なのかによって、その呼び名と意味合いが変わってくるのです。
これらの打つ回数の意味にはどんなものが込められているのでしょうか?
柏手を打つ意味

手を叩くこと自体が神様への挨拶になるんだね!でも、なんで言葉じゃなくて”音”で敬意を表すんだろう?

そこには、古代の日本人が大切にしてきた”言葉(言霊)”と”音の力”への信仰が関係しているんだよ!
柏手を打つ本来の意味は、【神様への敬意を示す】という儀礼的な行為です。古代の日本には言葉ではなく、手を叩くことで相手を敬う風習がありました。
これは3世紀の中国の歴史書:魏志倭人伝にも記されています。
『大人(身分の高い人)に会うと、道端でうずくまったり、ひざまずいたりして、ただ手を叩いて拝礼の代わりとしていた』
当時の東アジアでは、貴人に会うと祝いの言葉を述べるのが一般的でした。それに対し、日本人は手を叩く動作だけで相手への敬意を示していたのです。

日本には昔から、言葉には魂が宿る【言霊信仰】があり、言葉には強い霊力が宿ると信じられてきました。
こうした言霊信仰を背景に、神様の前では言葉よりも柏手によって敬意を表してきたという考え方があります。

言葉を発するする代わりに手の音だけで敬意を伝えることは、『私はあなたを崇め、敬います』という意味が込められていたのです。
音で神様を招き、場を清める【魂振り(たまふり)】
神道では、音には魂を呼び覚ます力があると考えられてきました。柏手が魂振り(たまふり)と呼ばれるのもそのためです。
お祭りで太鼓を打ち鳴らしたり、芝居の始まりに拍子木を鳴らしたりする風習も、音によって人々の心や場を整えるという考え方と重なる部分があります。
さらに手を叩くことで、その場の邪気を払い、清らかな気を呼び込む効果があるとされています。柏手には、神様への敬意を表すだけでなく、神様を招き、その場を清めるという意味も込められてきました。
そこで思い出してみてください。神社での参拝時に音の鳴るものは柏手だけですか?大抵の神社にある音の鳴るものといえば、そう、鈴ですね。

ガラガラと音を鳴らすことは、まさに魂振りそのものになります。これには神様を呼び込む意味と参拝者自身の魔を払う効果があるとされています。
音を鳴らす動作と音自体にも意味が込められていました。昔も今も神様への敬意の形は変わることなく生き続けています。
筆者のこぼれ話:私の柏手のこだわり
柏手が、邪気払いや魂振りの意味を持つと知ってから、私は参拝時に、いかに大きく綺麗な音を鳴らすかをひそかに意識するようになりました(笑)。
両手をぴったり同じ方向に揃えて叩くよりも、右手を少しずらして手のひらにキュッと空洞(膨らみ)を作るように叩くと、神社の中にパーン!と周囲へ心地よく響く素晴らしい音が出やすくなるし、なんとなくそんな気がします。
毎回納得のいく音が出るとは限りませんが、周囲に綺麗に響く柏手を打てた瞬間は、『よし、良い音が出たぞ!気持ち良い~。これで邪気がしっかり払えたはず!』と気持ち良さと清々しい達成感で胸がいっぱいになります!
二礼二拍手一礼の作法と意味|手をずらす所作の理由
参拝の基本である二礼二拍手一礼には、それぞれの動作や回数に意味が込められています。
1.二礼…(二礼の際にお辞儀は90度):神様への敬意と感謝の気持ちを表す
2.二拍手…(胸の高さで2回柏手を打つ):神様を招き入れ、邪気を払う
3.一礼…(最後にもう1回お辞儀をする):感謝と敬意を表す

なお、厳密な動作をお話すると…ここでポイントとなるのが、柏手を打つとき、右手を少し下にずらす作法です。
- 二拍手では右手を少しずらして手を打ちます(一説には、手の節=関節が合わさることは不幸せに通じるとして避けると言われているそうです)
- 柏手を二度打った後は、ずらした右手を元の位置に戻してから手を合わせ、お祈りします。
古来より、右手は自分、左手は神様を表すとされていました。右手を少し下げることで、神様に対して一歩下がり、敬意と感謝の気持ちを表します。
また手のひらを戻すことで神様と自分自身が一体となった【神人合一(しんじんごういつ)】の意味も込められているのです。

神社によって参拝作法や回数に違いはありますが、神様への敬意を表すという基本的な考え方は共通しています。
逆に柏手を打ってはいけない場面があるのをご存知でしょうか?次の章で詳しくお伝えしようと思います。
筆者の本音:知ると面白いけれど、実践は難しい!?
実は私自身、この記事を書くために調べるまで、片手ごとの意味や、右手をずらす理由なんて全く知りませんでした!書きながら『へぇ~、そうだったんだ!』と読者と同じ目線でいる自分がいます(笑)
昔の人々にとって神様は絶対的な存在だったからこそ、こうした細かな所作にまで徹底して敬意を込めていたのだと感動したものです。
……ただ、正直に告白すると、実際の参拝ではお祈りすることに集中するあまり、右手をずらす作法をうっかり忘れてしまうこともしばしばあるんですよね。
せっかく書いた記事が実践出来てないのは良くないな~と反省しています。
知識として知っていることと、完璧に実践できることは別物ですが、こうした由来を知っておくだけで参拝に向かう気持ちは大きく変わりますよね!
柏手を打たない場面とは?お寺と神葬祭で異なる作法

参拝するときはいつでも柏手を打てばいいのかな?お寺に行ったとき、周りの人が静かに手を合わせていて焦ったことがあるんだけど……。

そうそう!実は、お寺や神道の葬儀(神葬祭)では”音を立てない”のが正しい作法なんだよ。
神社では柏手を打つことが一般的ですが、すべての参拝や祈りの場で同じ作法を行うわけではありません。
柏手を打たない場面とはどういったものなのでしょうか。
お寺で柏手を打たない理由|合掌に込められた意味
神社では柏手を打つことは、神様に敬意と感謝を表し、邪気を払うための作法ですが、お寺は静かに合掌するのが基本の作法となります。
手を合わせることは同じでも、場所が違えば意味も変わってきます。それでは合掌の意味とは何か?
合掌は両手のひらを合わせる所作のことで、一説では、右手を仏様、左手を自分自身に見立て、両手を合わせることで仏様と自分が一体になることを表すとされています。

ではなぜ、仏と一体になる必要があるのでしょうか?

これは宗派による違いはあれど、本来の目的は、仏と一体になることで、自分の身を清めるために行ってきたと言われています。
仏様に向かい、敬意を持って手を合わせるわけですから無礼があってはいけません。さらに仏前では静かに手を合わせることが、敬意を表す大切な作法となっているからです。
静かな時間の中で自分自身と向き合うことも、合掌が持つ大切な意味の一つなのかもしれません。たった数秒のこの静寂により、自分の内面と向き合うことは悟りの境地を体現してると言っても良いのではないでしょうか?
このように、神社とお寺では本来の参拝の意味が異なるため、場面によって作法が異なるということになります。
神社では音によって神様への敬意を表し、お寺では静かに手を合わせることで敬意を表す。どちらも大切なのは、相手への敬意を形にするという心なのです。
神葬祭ではなぜ柏手を打たないの?|忍び手の意味
お寺での参拝の他にも柏手を打たない場面があります。それが神葬祭(神式の葬儀)における作法、忍び手です。
忍び手(しのびて)とは、音を立てずに行う柏手のことです。二礼二拍手一礼の作法でも、手を打ち合わせる動作だけを行い、音は鳴らしません。
この忍び手という名前には、【偲ぶ(しのぶ)】と【忍ぶ(しのぶ)】の2つの意味が込められています。故人を思うという気持ちと、静かに身を潜めるという意味です。

神様への敬意を音で表す柏手とは対照的に、神葬祭では静けさの中で故人を偲ぶ気持ちが大切にされています。
その意味では、お寺での合掌にも通じる部分があるのかもしれません。同じ神道の作法であっても、祝いの場と故人を見送る場では、音に込められた意味まで変わるのです。
私自身、葬儀関係の仕事に携わっているため、実際の神葬祭で、忍び手の場面を何度も目の当たりにしてきました。
シンと静まり返った空間の中、音を鳴らさずに故人へ敬意と哀悼を捧げるその光景は、静かでありながら強い絆を感じさせる、なんとも言えない荘厳で不思議な空気感に包まれます。
葬儀の特別な場面だからでしょうか?
音を鳴らすか、あえて消すか。たったそれだけの違いの中に、相手を思いやる日本人ならではの細やかな配慮と心が息づいているのを感じます。
まとめ

ありがとうシトリン!何気なく叩いていた柏手に、こんなにたくさんの意味や歴史があったなんてびっくりだよ。

日常の参拝も、葬儀の忍び手も、形は違っても『相手を敬う心』は共通しているんだね。次に神社へ行くのが楽しみになったんじゃない?
柏手は単に手を叩く動作ではなく、神様への敬意や感謝を表し、神様を招くという意味が込められています。また、神社・お寺・神葬祭では、それぞれ信仰や場面に応じて作法が異なります。
普段何気なく行っている参拝作法も、その意味を知ることで、日本人が大切にしてきた祈りや敬いの心が見えてくるのではないでしょうか。
私自身、決して最初から神社仏閣の作法に詳しい物知りだったわけではありません。『これってどんな意味があるんだろう?』と素朴に気になった疑問を調べる中で、日本人として受け継いできた祈りの心の深さに改めて気付かされました。
次に神社やお寺を訪れる際は、ぜひ今回ご紹介した作法や「音」の意味を思い出しながら、心を込めて手を合わせてみてくださいね!
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