家族や親しい人がいて、その人が息を引き取ろうとしたらあなたならどうしますか?きっと誰もが、その人の名前を呼び、必死に声を掛けるのではないでしょうか?
『まだ行かないで』『もっと生きていてほしかった』
いづれ来るものと分かっていても別れは辛いものですし、避けては通れません。

現在では、故人に語りかけたり名前を呼んだりする行為は、悲しみを受け止める過程(グリーフケア)の一つとして捉えられることがあります。
実はこの行為、一昔前では【魂呼ばい(たまよばい)】もしくは【魂呼び(たまよび)】と呼ばれた民間信仰でした。
魂呼ばいには、地域ごとにさまざまな形があり、世界にも魂を呼び戻そうとする似た儀礼が存在します。
昔の人々が「死」とどう向き合ってきたのか?その想いが今も息づく民間信仰のお話です。

【魂呼ばい / 魂呼び】とは?|死者を呼び戻す民間信仰
魂呼ばい(もしくは魂呼び)とは、肉体から離れようとしている魂を呼び戻し、命を取り戻すことを願って行われた、かつて日本各地で行われた民間信仰です。
現在では習俗や呪術的な風習として語られることもありますが、当時は人の生死を左右する重要な儀礼の一つと考えられていました。
魂呼ばい/魂呼びの起源 |古代中国の霊魂観
魂呼ばいのルーツをたどると、古代中国の「魂魄(こんぱく)」という考え方に行き着きます。中国では、人間の精神や命は2つの要素から出来ているとされてました。
それぞれの意味を紐解くとこのようになります。
【魂(こん)】は精神を司り、死ぬと肉体を離れて天へ昇る
【魄(はく)】は肉体を司り、死ぬと肉体とともに地へ下る
呼吸が止まった直後は、まだ「魂」が天へ登り始めたばかりの段階です。

当時の人々は、魂は空中を漂うものだと考えていました。現代でも、魂という言葉を聞くと、どこかフワフワと浮かぶ姿を想像する人は多いのではないでしょうか。
それは古代中国の人も同じだったようです。
なので、家の一番高い場所である屋根に登って、故人が着ていた衣服を振って呼びかければ、まだ空の近くを漂っている「魂」を地上へ呼び戻す事ができる。
肉体に残っている「魄」と再結合させて蘇生できると考えたのです。

中国から伝わった招魂儀礼は、日本に元々存在していた「魂は肉体から離れる」という考え方と結び付き、日本各地へ広まっていきました。
これが後に【魂呼ばい】別名【魂呼び】として受け継がれていくのです。
呪術と聞くとなんだか怖い物を想像してしまいますが、案外昔の人も物の捉え方や考え方って同じなんだと思うと、まじない的な要素が強いためか、どこか親近感を感じてしまいます。
なぜ魂を呼び戻そうとしたのか?
当時の人々は、人が亡くなった直後でも「まだ助かる」と信じていました。
むしろ“一時的に魂が離脱した状態”と捉えていました。息を吹き返すには魂に戻ってきてもらう必要があります。だからこそ必死に呼び戻そうとしたのですね。

現代の心肺蘇生(CPR)のように、当時の人々は魂を呼び戻すことが命を救う方法だと信じていました。それが【呪術】という形だったのだということです。
魂呼ばいが実際に行われた様子は、平安時代の日記にも記録されています。
平安時代の公卿・藤原実資の日記『小右記』です。
1025年(万寿2年)、最高権力者・藤原道長の最愛の末娘であり、のちの後冷泉天皇の母となる藤原嬉子(きし)が、出産直後にわずか19歳で亡くなりました。
絶望した道長は、藁にもすがる思いで陰陽師を屋根に登らせ、大雨の中で娘の衣服を降らせて名前を叫ばせたという記録です。

このお話から、娘の命を救いたいという父親の切実な願いが、1000年近く経った今でも伝わってきます。
そして時は経ち、魂呼ばいの儀式は明治時代中期頃まで、日本各地で広く行われていたと伝えられていきました。
魂呼ばい/魂呼びの儀式はどう行われたのか?
魂呼ばいの儀式には、代表的な方法がいくつかあります。
| 場所 | やり方 |
|---|---|
| 枕元での呼びかけ | 息を引き取った直後、枕元で名前を大声で呼ぶ |
| 屋根の上での呼びかけ | 家の屋根に登り、故人の衣服を振りながら大声で名前を呼ぶ (魂は高い場所へ向かうと考えられていたため) |
| 井戸や水辺での呼びかけ | 魂は水に引き寄せられるとの考えから、井戸に向かって叫ぶこともあった |
※全ての方法に共通しているのは、大声で故人の名前を呼ぶ点です。
これは「言霊」と「名前」は強く結び付いており、『名前はその人の魂そのもの』と考えられていたためです。

名前がロープとなり魂を引き寄せる役割を果たします。
それともう1つ、故人が生前着ていた衣服を振るのも、魂に対して『あなたの居場所はここですよ』と教えて呼び寄せる目印でもありました。
魂を呼び寄せる背景には、残された家族の諦めきれない深い悲しみと切実な願いが込められいました。

もちろん当時の人々の本当の気持ちは本人達にしか分かりません。
それでも、大切な人を何とか助けたいという願いと、やり場のない感情から、名前を叫ばずにはいられなかった家族の姿が目に浮かびます。
そんな魂呼ばいには地域性があり、名称や特徴も異なります。
| 地域:名称 | やり方 |
|---|---|
| 和歌山 / 魂呼び | 屋根の棟を剝いで穴を開け、下に向かって大声で呼ぶ |
| 山形 / ヨビモドシ | 井戸の中に頭を突っ込んで底に向かって大声で呼ぶ |
| 鹿児島・沖縄 / マブイムイ(魂込め) | 亡くなった現場に行き、『マブイ(魂)や、戻ってきなさい』と唱える |
こうして魂呼ばいは、宮中から庶民の暮らしにまで広まり、日本各地で受け継がれていきました。

世界にも存在した魂を呼ぶ儀式
魂を呼び戻そうとする願いは、日本だけのものではありません。世界にも、死者との再会を願う儀式や伝説が数多く残されています。
今回紹介するのは、中国の【反魂香(はんごんこう】という伝説上のお香と、葬儀の場で遺族の代わりに泣く女性【泣き女(なきめ)】のお話しです。
反魂香(はんごんこう)| 死者の魂を呼び戻す伝説のお香
【反魂(はんごん)】とは、死者の魂を呼び戻して蘇らせることを意味します。
焚くと立ち上る煙の中に、亡くなった最愛の人の姿が映し出される——中国のあまりにも切なく美しい伝説の香です。
これまでのお話では、大声を発することで魂を呼び戻してきましたが、それらとは一味違います。
香の煙と嗅覚、視覚というのがポイントです。

この反魂香には最も有名な故事として、前漢の皇帝武帝と、彼が最も寵愛した側室李夫人の死別から物語が始まります。
武帝の側室、李夫人は若くして亡くなってしまいました。武帝は李夫人のことが忘れられず、深い悲しみに暮れてしまいます。
その様子を見かねた道士が、遥か遠い西の果てにある西海(せいかい)の聚窟州(しゅくつしゅう)に生える霊木・反魂樹(はんごんじゅ)の根を煮詰めて作ったという特別の秘薬(お香)を献上しました。
これを金の香炉で焚いたところ、立ち上る煙の中に、生前と変わらぬ美しい李夫人の姿が現れたとされています。
武帝は思わず李夫人へ近づこうとしました。しかし、その姿は煙とともに消え、触れることはできませんでした。

反魂樹という霊木から作られたその香りは、数百里先まで届くとも語られています。
本来の伝説では、死者にこの煙を浴びせると、『本当に生き返り、二度と死なない』ほどの強い生命力を持つ霊薬とされていました。

この美しいエピソードは平安時代の日本へ伝わりました。儚くも切ない物語に多くの文人達が魅力されたことでしょう。
その幻想的な物語は、源氏物語をはじめ、歌舞伎や人形浄瑠璃、古典落語などいくつもの演目に取り入れられ、日本文化の中で語り継がれていきました。
泣き女(なきおんな)| 儀礼的に泣く女達
泣き女(なきめ/なきおんな)とは、お葬式の場で遺族の代わり、あるいは遺族と一緒に大声で泣き叫び、哀悼の意を表現することを職業とした女性たちのことです。

泣き女の風習は、日本だけでなく世界各地にも存在します。
- 中国:哭喪女(クーサンニョ)
- 台湾:孝女(ハオルー)
- 韓国:哭婢(ゴクビ)
- 日本:哭女あるいは泣女(なきおんな)
- アイルランド:Keener(キーナー)
- イタリア:Praeficae(プラエフィカエ)
これまで紹介してきた魂呼びや反魂香とも深く結びついており、【死者を弔い、その魂を慰めるための重要な役割】を持っていました。
現代の感覚だと、「わざわざお葬式で泣く人を雇うのか?」と不思議に思います。
しかし、当時は明確な役割も深い意味がありました。

泣き声の大きさや激しさは、”故人の徳の高さ”や、”残された家族の権力の大きさ”を表していたとされています。
誰も泣かない葬儀は、故人にも遺族にも恥とされたため、プロを雇って盛大に泣いて弔う必要があったのです。
そして遺族からしてみれば、突然の不幸によるショックで、涙が出ない場合もあると思います。悲しみの感情が時に後から押し寄せてくるパターンです。
そんな中、泣き女が大声で泣くことで、遺族もつられて泣くことができ、心の底にある悲しみを吐き出し、少しずつ心を整理する“カタルシス効果”の役割もあったと考えられています。

前の章でもお伝えしたように、当時は「声」そのものにも、特別な力と意味があると考えられていました。
声には、悪霊や邪気を追い払い、故人の魂をあの世へ送り出す呪術的な力を持つ、と信じられていきました。
魂呼ばいが「死者をこの世に呼び戻すこと」に対し、泣き女は「死者をあの世へ無事に送り出すこと」を目的としています。
どちらも、大切な人との別れに向き合うため、人々が必死に生み出した儀礼だったのかもしれません。

魂呼ばいのタブー | やってはいけない理由
民俗学や古代思想において、この儀式にはいくつかの絶対的なルールや恐れられているタブーが存在します。
時間のタブー|肉体が完全に「死」を迎えた後は厳禁
魂呼ばいは、あくまで「肉体から離れて間もない魂(まだ近くを浮遊している魂)」を呼び戻すための呪術です。
息を引き取った直後、あるいは体がまだ温かい「仮死状態」の間だけが有効とされました。
そのため肉体が完全に冷たくなり、死後硬直や腐敗が始まった後に魂呼ばいを行うことは、絶対のタブーでした。
これを無理に呼び戻すと、生き返るのではなく、生前と異なる姿になってしまい、怨霊や悪霊として現世に定着してしまうと恐れられたためです。

呼ぶ側のタブー|関係性のない人間が呼んではならない
魂呼ばいで名前を叫ぶことができるのは、原則として「血縁関係のある濃い身内(親、子、配偶者)」のみでした。
浮遊している魂は、生前最も愛し、強い絆で結ばれていた人の声にしか反応しないと考えられていたからです。
赤の他人や関係の薄い人間が名前を呼ぶと、魂が混乱して道に迷ったり、呼び声に引き寄せられた「全く別の悪霊や無縁仏の魂」が空っぽの肉体に入り込んでしまう(狐付きや悪霊憑きのような状態になる)というタブーがありました。

場所と回数のタブー|『礼記』に見る厳格な作法
中国の『礼記』に由来する厳格な「復(ふく)」の儀式では、手順そのものが呪術的なルール(破ってはならないタブー)で縛られていました。
屋根の上から名前を呼ぶのは3回と決まっており、それ以上しつこく呼び続けてはなりませんでした。
3回呼んでも戻らない場合は天命として諦め、葬儀(死の受け入れ)へ移行しなければならないという境界線でした。

信仰の変遷と「仏教的なタブー」への変化
時代が下り、日本に仏教的な死生観(あの世、極楽浄土、輪廻転生)が深く浸透すると、魂呼ばいという行為そのものがタブー視されるようになっていきました。
仏教では、亡くなった人の魂は現世への未練を断ち切り、まっすぐ冥土(あの世)へ旅立つべきだと考えます。
そのため、残された家族がいつまでも大声で名前を呼び(魂呼ばいをし)続けることは、【故人の魂を現世に縛り付け、成仏(往生)を妨げる悪質な行為】という、真逆のタブーとして扱われるようになったのです。
現代でも、お葬式の場で遺族があまりにも泣き叫んで名前を呼び続けると、『故人が迷うから、あまり泣いて呼び戻そうとしてはいけない』と嗜められることがありますが、これはまさに「魂呼びのタブー」が仏教的に変化した名残りと言えます。

まとめ | 現代にも残る魂呼びの名残
ここで現実の世界に戻りましょう。今私達の暮らしにも魂呼ばいの名残は生きています。
それは冒頭でもお話しした場面で見られます。
病院の1室で心肺停止した患者に対し、医師や家族が、『◯◯さん!戻ってきて』『目を開けて』と大声で名前を呼び、その人を必死に呼び続ける姿には、古代の魂呼びと重なるものを感じます。
宗教によっては、これらはタブー視されているかもしません。
それでも生きてほしいと願う人の心以上に勝るものが、この世にあるのでしょうか?
例え、それが呪術や儀式だとしても、時代を超えた人が人を想う気持ちは、想像を遥かに超えて大きいのだと感じせざるを得ないのです。
魂呼ばいという風習は姿を変えながらも、「大切な人に生きていてほしい」と願う人間の想いとともに受け継がれてきました。
何気ない日常の中には、遠い昔から続く人々の願いが今も静かに息づいているのかもしれません。

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